保護者面談は子どもを審判する場所ではない

■保護者面談が大嫌いだった私

 

本日、我が家の冷蔵庫に、8歳の娘の小学校の保護者面談のスケジュール表が貼ってありました。

先生と自分の親との面談、その目的は「学校における子どもの姿」を保護者に伝えることで、家庭での姿との違いや変化などに気付いてもらい、お互いに意見交換をしながら子どもを健やかに成長するように話し合いをしていく、ということではないでしょうか?

 

実は私はこの保護者面談が大嫌いでした。

 

なぜなら、保護者面談から母親が返ってくると必ずひどく叱られるから。

 

「先生にこう言われた」「あれが出来ていない」「これが出来ていない」

「どうして出来ないんだ」「先生に色々言われて、私はとても恥ずかしかった」

 

母は私を叱咤激励するつもりだったのでしょうが、私にとってはその日の夕食はつるし上げの時間でした。

良いことなんか言われない。

怒られるネタばかりを学校から持ち帰ってくる、毎年何回か来るとても嫌なイベントでした。

 

だから、自分の娘のことで妻が保護者面談に行った、と聞くと、私が帰宅前に妻が娘を叱って、娘が気落ちしていないか、と心配になります。

 

でも、そんなことは一度も無くて、妻は先生から娘の良いところと、まだまだなところの両方をきちんと聞いてきて、娘が受け入れやすい優しい言葉で伝えます。そして私にも報告してくれます。

 

だから、我が子は保護者面談がある、と聞いても至って平然。私のようにビクビクすることはありません。

自分の子どもを通して、はじめて本来あるべき保護者面談の姿を知ったような気がします。

 

■子育てのベースは加点主義でいきたい

何度かこのコラムでも触れているように、私の母は少し過干渉気味で、子どもを思い通りにコントロールしようとする想いが強すぎる人でした。

 

だから、思い通りに育っていない私に対してイラつき、先生から指摘されたことを恥ずかしく思ったのでしょう。

 

でも、人間はそれぞれ個性があり、出来ないことが多いかもしれませんが、その一方で出来ることもあるはずなのです。

実際、その保護者面談に立ち会っていたわけではありませんので先生の方からどのような話があったのかはわかりませんが、きっと、私の良い部分にも触れていたはずです。

 

もしかしたら母からのフィードバックの中にも褒める部分があったのかもしれませんが、私にはまったく記憶にありません。叱られて嫌な思いをした感情しか残っていません。

 

大人になっていま振り返っても、それは悲しい感情しか沸き起こってきません。

 

 

元々の母の性格によるものだということは、大人になった今はよく理解できています。

 

だからこそ、自分が親となった今は、「保護者面談は子どもを審判する場所ではなく、子どもの良いところを見つける場所」という風に位置づけて妻とも会話するようにしています。

 

読者の方にも保護者面談にこれから臨まれる方、あるいは既に終わってしまった方もいるでしょう。

 

保護者面談を通して子どもが委縮することがないよう、これからの方にはお願いしたいと思いますし、すでに終わった方は次回にはぜひ心がけていただきたいと思います。

 

保護者面談で良い思い出がない私からのお願いです。

 

 

 

 

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林 大岳

地図の力で「考える力」を伸ばす 地図育®コンサルタント フィンランドの教育思想に感銘し、地図を持って進んだ自身の経験を活かし独自の教育メソッドを開発。 2児の小学生の父親として多くの教育情報に触れ、300件以上の 書籍や文献、関係者への取材を敢行し知見を蓄える。 1972年生まれ東京出身。 ワークショップデザイナー オリエンテーリング・インストラクタ

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