子どもの自己肯定感を伸ばせないしつけに意味なんてない

先月、息子を通わせているある習い事で少し残念な光景を目にしました。

 

その習い事は運動系。その日は7人の子が参加。多くのお父さん、お母さんがその様子を見学しています。

 

その距離、約20m。

お父さんお母さんの声はすぐに子ども達に届く距離です。

 

私はその競技の専門的なことは何もわからないので全部プロのコーチにお任せして黙って見ている方ですが、周りのお父さん、お母さん達はすごい。

 

「〇〇、右にまわれ!」

「そこはそうじゃない!ちゃんとやりなさい!」

「何度言ったら、わかるんだ!」

 

これ全部親の言葉です。すごい怒号が飛び交います。

目の前にコーチがいるにも関わらずです。

 

皆さん、気合いが入って凄いな。

専門家じゃないのに、よくそこまで踏み込んで言えるな、

 

そんな風に思いながら、隣りで聞いていました。

 

少し気になったのは言われている側の子ども達の視線です。

 

自分の親から怒鳴り声が飛ぶたびに、親の方に顔を向けます。

 

そして、練習中何度も何度も親の方の顔を見て、親に自分のやっていることが間違っていないか、今度こそ怒られるようなことをしていないか確認しているようです。

 

はっきり言って集中出来ていません。

 

この運動系スクールでは、プロのコーチが適宜必要な指導と声かけをきちんと子ども達におこなっていますが、親の発言に関しては特に規制していません。

 

親として熱心なのはいいことだと思うのですが、子どもの集中力を削いでまで声かけをおこない、本来きちんと聴くべきコーチの指導が耳に入っていないとしたら、ちょっと本末顛倒ではないか。

 

そんなことを考えながら見学していました。

 

実は驚いたのはこのことではありません。この後の練習後のことです。

 

一人の4歳の男の子が練習中泣き出してしまいました。

 

それは、練習が厳しかったからなのか、どこか身体が他の子と接触して痛かったのか、それともお母さんの厳しい声に耐えきれなくなったからなのかはわかりません。

 

確かにこの子のお母さんは、この日一番の怒鳴り声を子どもに投げていました。

 

「そこじゃない!何度言ったらわかるんだよ!」

「だから、そこじゃないって!」

 

細かい身体の使い方まで熱くご指導されてました。

 

もしかしたら何か専門的な知識のある方なのかな、と思います。ついつい練習中は厳しい言葉が出てしまうのかな、とも思います。

 

ま、これは致し方ないかな、と。

 

ただ問題は練習後です。

 

 

そのお母さんが他のお父さんお母さんと会話をしている時にこんなことを言い出したのです。

 

「何度同じ言ったことも出来なくて、

ウチの子、頭悪いんじゃないかと思う(笑)

 

こんなこと言ったんです。

 

しかも当の本人が聞こえる位置で。

笑いながら。

 

この子の身体は母親の発言を聞いた直後、がっくりと崩れ落ち、床にひれ伏しながらまた大泣きし、一旦止まった涙がまた流れ出しました。

 

よっぽど悔しかったんだと、思います、そして悲しかったんだと思います。

 

最愛のお母さんから、厳しい言葉をずっと投げかけられながらも歯をくいしばって練習を頑張った。

 

でも、お母さんは認めてくれず、自分のことを「頭の悪い子」と言っている。

 

子どもにとっては絶望でしかありません。

 

 

私は思わずひとり言で「可哀想」とつぶやいてしまいました。

 

 

たぶん当のお母さんにとっては、大人同士の会話の中で、愛情50%+謙遜50%なんだと思います。

 

でも子どもの前でやってはいけません。

 

なぜなら幼い子には「察する」とか、「行間を読む」なんてことは出来ないからです。

 

良いものは良い、悪いものは悪い。

 

言葉通りにストレートに受け取ってしまうのが子どもです。

 

果たしてこの男の子は自分のやってきてきたことに自信が持てているのか、楽しめて取り組めているのか。

 

もちろん、すぐに何かを諦めるような人間にはなってはいけないませんし、粘り強く取り組むには我慢も必要です。

 

ただ我慢強さを学ぶのと、子どもの自尊心、自己肯定感を無くすようなことはまったく違うと思います。

大人も子どもも、自らを認める心、自分でも大丈夫だと思う自己肯定感があるからこそ、前に進めるのです。

子どもにとって最大の理解者であるべき母親が我が子を貶めるようなことをして、一体何の意味があるのでしょうか?

 

このお母さんの発言で4歳の子どもが発奮して次からやる気を出して頑張れるのか?

 

もちろん個人差はありますが、この子はすっかりしょげて、そんな雰囲気は私の目からは感じられませんでした。

 

私の進める地図育では、

「地図歩き」を通して、

 

子どもが自ら考え、悩み、迷いながらも足を踏み出し、最後は自分で目的を達する快感を知ることで、

自己肯定感を高める

 

ことを目的の一つとしています。

 

だからこそ、あまり得るものが少ない今回のこのお母さんのやり方には少し首をかしげたくなりました。

 

叱咤激励と、その子の頑張りを否定すること、それは違うと私は思います。

 

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折江 晃

ワークショップデザイナー/オリエンテーリング・インストラクタ 自称:地図育プロデューサー(44歳・男性)。 学生時代に競技オリエンテーリングに出会う。普段は鈍足なのに、地図読みが得意であったため、オリエンテーリングになると上位になれることからどっぷりハマり、いくつかの競技大会で上位に食い込む。 しばらく競技からは離れていたが、2児の父親となり、子どもの心身の成長に何か役立てないかと考えていたところ、地図の持つ奥深さを思い出し、「地図を使った子育て」を思い立ち、我が子に実践。 現在は、年に数回、オリエンテーリングの個人競技大会に出場する一方で、地図を使って「地図を使って、子どもが自ら考えて動ける力をつける」地図育を準備中。近々「親子向け地図育ワークショップ」を展開予定。

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