”ナビがあるから”と思っているとわが子の人を思いやる心は育たない

本日はとあるセミナーに参加するため、セミナー会場のある都内のとあるビルに向かいました。

 

 

私は普段からあまりスマホのナビに頼りたくないので、地図を紙で印刷して持ち歩くことが多いです。

今回も事前にセミナー主催者のサイトから下の地図を印刷して出かけることにしました。

 

 

セミナー主催者側の案内で、地下鉄三田線の内幸町駅からもアクセスできると知ったので、内幸町に到着してこの地図をポケットから出したのですが、

しかし、この地図が非常にわかりにくい。

 

 

「都営三田線の内幸町駅から徒歩9分」と書いてあるにも関わらず、

なんと、この地図には内幸町駅の位置が書いていない!

 

内幸町の駅でしばし唖然となりました。

 

地下鉄だからまずどの出口から出なければいけないのか決めなければいけませんがそれがわからない。

 

改札口横に備え付けてある大型地図を見て、印刷した地図にも描かれている公園をかろうじて見つけ、ようやくどちらの方向に向かえばよいのかわかりました。

 

しかし外に出てからも地図に信号や交差点名が書いていないから、

自分がどこを歩いているのか確認が出来ない!

 

かなり迷って、

結局、最後は住所を入力して、スマホのナビに頼ってしまいました・・・

敗北感ありありです。

 

こんな地図、2度と使いたくない、心からそう思いました。

 

■地図から学ぶ「相手の気持ちに立つ」ということ

 

この地図の欠点、それは不親切ということにつきます。

 

 

アクセス方法として、地下鉄やゆりかもめから徒歩で来られることを記載しているにもかかわらず、

経路をあらわす点線はJRの新橋駅・烏森口からしか出ていない。

 

 

これっておかしくないですか?

 

 

このセミナー会場に向かいたい人たちは全員、JR新橋駅・烏森口を経由しなければいけないのですか?

そんなのとても遠回りになって嫌です。

 

 

そもそも、私のように都営三田線・内幸町に降り立った者は、自分がこの地図上でどこにいるかわからないので、JR新橋駅に行きたくてもどのように行っていいのかわかりません。

 

 

そして、目印としてビルやビジネスホテルの名前が記載していますが、

そもそもそのビジネスホテルがどこにあるんだ!

という話です。

 

大体ビジネスホテルなんてのは看板は小さいし、かなり近くにいかなければわからない。

目的地に向かう目印の選び方としてはかなり不適切です。

 

 

それよりも、信号の位置や、交差点名を記載したほうがよっぽど大事。

もし迷ったとしてもいま自分がどこにいるのか確認できて、不安感が無くなります。

 

■デジタル社会に頼りすぎると「察する力」が減ってしまう?

 

結局のところ、私もギブアップして、最後は目的地の住所をスマホのナビに入力して頼ってしまったのですが、

この不親切な地図の制作者からも、「最後はナビがあるからいいでしょ」というメッセージが出ている気がしました。

 

 

でもどこか違うんです。

 

確かにいざとなれば機械に頼ってしまえるかもしれない。

 

でもその前に人として、

丁寧に道案内しようという気遣い

がこの地図からは感じられないのです。

 

 

迷わずに気持ちよく来てもらおう、と思えば、

・何が必要な情報で、

・どのように記したらわかりやすいか

を考えれば、今回のような地図にはならないと思うのです。

 

 

その気遣いが今回は感じられなかった。

 

■デジタルに頼りすぎると、考えなくなるし、気遣いもしなくなる

 

デジタル化が進む現代社会は確かに便利です。

 

ただしその反面、どんどん頭は使わなくなります。

 

言われた通りのことをやる。

目の前のことだけをやる。

 

 

そして、人のことを思いやることもできなくなる

 

「どうせコンピューターが考えてくれるからいいや」

 

こんな考えが定着してしまうと、人は「他人を思いやる」心すら無くしてしまう気がします。

 

 

地図育では、「道案内」をカリキュラムとして組み込んでいます。

 

 

「道案内」の役割は「速やかに目的地にたどり着くまでの案内をする」ことですから、

聞く人の立場にたって、情報を選び、順序だてて、わかりやすく説明することが大事です。

 

 

そう、道案内とは誰もが出来る、ちょっとしたプレゼンテーションなのです。

 

 

いま、私がここで触れたいのは、

 

道案内には必ず相手がいる

 

ということなのです。

 

 

道案内をされる側にきちんとわかるコミュニケーションでなければまったく意味がありませんし、

相手がわからない内容をそのまま伝えて満足しているとしたらそれは単なる独りよがりです。

それはコミュニケーションとしては不十分です。

 

 

きちんと相手に伝わるコミュニケーションが出来ているのか、

相手を思いやるコミュニケーションを意識しておこなえているのか

 

 

こうした能力は、学力の中でも「表現力」と呼ばれる部分です。

そしてこれからの時代、この表現力を含んだ「思考力・判断力・表現力」がさらに問われる時代となっていきます。

 

 

いくら世の中が便利になっていくからって、人を思いやる気持ちは忘れたくないものです。

 

 

地図育は地図を通して人が成長する場をつくる教育メソッドです。

学力だけでなく、人としての魅力も伸ばせるよう、地図を使った学びの場を創っていきたいと思っています。

 

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林 大岳

地図の力で「考える力」を伸ばす 地図育®コンサルタント フィンランドの教育思想に感銘し、地図を持って進んだ自身の経験を活かし独自の教育メソッドを開発。 2児の小学生の父親として多くの教育情報に触れ、300件以上の 書籍や文献、関係者への取材を敢行し知見を蓄える。 1972年生まれ東京出身。 ワークショップデザイナー オリエンテーリング・インストラクタ

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